御祭神

 

  イ ザ ナ ギ ノ ミ コ ト
伊 邪 那 岐 命
 
 
  イ ザ ナ ミ ノ ミ コ ト
伊 邪 那 美 命
 
 
ク マ ヌ ノ ク ス ヒ ノ ミ コ ト
熊 野 櫲 樟 日 命

 







 

神峰神社では上記の三柱をお祀りしております。

イザナギ・イザナミ様は日本神話の最初の方に出てくる神様です。その御神徳は幅広く、商売繁盛、家内安全、厄除け、無病息災、夫婦円満などがあります。

イザナギ様はアマテラス様をはじめとした偉大な三貴子の親であり、日本列島の生みの親とされている神で、初めて結婚をした事から結婚の神とも言われます。

熊野櫲樟日命はアマテラスがスサノオと誓約をした際に生れた神様で、誓いの神様としての御神徳があります。


活動報告写真

由緒


創立年代は定かではないが、言い伝えによると室町時代には宮田村の鎮守として神峰山山頂に祀らていたとのこと。

その後、山の中腹にある鬼ヶ洗水(鬼が岩を引っ掻いた跡があるらしい場所)に遷座された。

しかし、場所が悪かったのか疫病が流行したため、より霊験あらたかな山の頂へ戻ることになる。

このようにして神様が山頂にお鎮まりなられたことから、神峰山と呼ばれるようになったとのこと。(諸説あり)

当社において特筆すべきお祭りが7年に一度執り行われる大祭禮である。

「水戸黄門」として親しまれている水戸藩2代藩主徳川光圀の命により、宮田・助川・会瀬の三ヶ村の総鎮守となり、各お宮・各町内を馬に乗り渡御する。

人々の安寧を祈念するこのお祭りは、300年以上の歴史があり、合わせて登場する4台の風流物(山車)は多くの観光客を魅了する。

それまでは不定期に執り行っていた大祭禮だが、平成3年に7年に一度齋行することを決定し現在に至る。

※詳細はメニューの「大祭禮」 を見て下さい。

ちなみに「日立」の名の由来は、徳川光圀が神峰山山頂に登り、海から昇る朝日の美しさに「日の立ち昇るところ領内一」と称えたという故事に由来すると言われる。


1428年(正長元年)

称光天皇の御代、宮田村字山王へ遷座し宮田村の鎮守となる

 

1554年(天文23年)

後奈良天皇の御代、鬼ヶ洗水へ遷座する

 

1688年(元禄元年)

東山天皇の御代、神峰山山頂に遷座し、遥拝殿を稲荷の森(当地)に造営する

 

1695年(元禄8年)

徳川光圀の命により、宮田・助川・会瀬村の総鎮守と為し、
大祭礼には宮田浜の宮・助川を経て会瀬までの渡御の例を定める

 

1871年(明治4年)

郷社に列せられる

 

1945年(昭和20年)

戦災により焼失する

 

1957年(昭和32年)

氏子の方々の支援により再建する

 

1990年(平成2年)

遥拝殿の老朽化と御大典(天皇即位儀礼)を記念して改築するとともに、神峰山本殿の分け御霊を当社にお迎えし、里宮となる。