大祭禮

起源

1695年水戸藩2代藩主徳川光圀の命により、神峰神社が宮田・助川・会瀬の総鎮守となり、村々を神様に守っていただくよう、各村の神社が力を合わせて神幸祭(渡御)の奉仕をしたことに始まる。それまでは、不景気になると世直し祭として大祭禮が行われていたが、平成3年の大祭禮の後に7年毎、5月3~5日の三日間にわたり行うことに決められた。

特徴

全国的に多い御神輿は用いられず、神峰山山頂の本殿(山宮)から分霊を祀った神鉾(神籬)を役馬がもち巡行する。
先頭に猿田彦、宮田・助川・会瀬の3組の”ささら”、役馬、神職、役員などが行列を作って巡行する。
また、日立風流物(山車)が4台一斉に披露される。

主な流れ

大祭禮初日に、山宮から神鉾をお迎えする。
2日目に渡御。順路は里宮である神峰神社を御立ちになり、荒屋神社、宮田浜の宮、助川鹿島神社、会瀬鹿嶋神社、会瀬浜の宮を経て神峰神社にお帰りになる。
最終日に山宮にお送りする。

ささら

日立の”ささら”は県無形民俗文化財に指定されており、警固、しゃぐま(化粧をした男の子)4~5人、雄2雌1の3頭の獅子、横笛多数によって構成される。
渡御においては露払いを務めるとともに、五穀豊穣、村内平和を祈願して途中11ヵ所で半庭や、すりこみ(あいさつの舞い)を奉納する。

役馬(エキバ)

役馬は、それぞれの地区の神社の分霊が宿った依り代(神鉾)を持った稚児5人が馬に乗って巡行する。

役馬
風流物

毎年行われる日立の”さくらまつり”では1台のみ公開されるが、大祭禮では4台すべての公開行われ、注目を集めている。
高さ15mの巨大な山車で、5層の舞台の上を15体前後のからくり人形が一斉に動き、さまざまな時代劇を繰り広げる。
表館では「太閤記」や「忠臣蔵」など、裏山では「花咲か爺さん」「因幡の白兎」などの物語が演じられ、大人から子供まで楽しめる内容となっている。
渡御の際にお出迎えとして使われていた”木偶を乗せた台車”が起源であり、2009年9月には、ユネスコ無形遺産委員会により無形文化遺産として登録された。